羽根木公園の由来

羽根木公園はその昔、六郎次という鍬や鎌を造る鍛冶屋が住んでいたことから「六郎次山」と呼ばれていました。 また大正時代末期、敷地の一部が根津財閥の所有であったことから「根津山」とも呼ばれるようになり、土地の人達には、今なお「根津山の公園」、あるいは「六郎次山」と呼ばれています。 東京都は昭和31年にここを公園として開設し、名称はこの地が東京都荏原郡世田谷村大字世田谷字羽根木の飛び地であったことから名づけられました。 その後昭和40年に公園は世田谷区に移管され、総面積は約24,000坪となっています。

羽根木の梅林

羽根木公園は全体が小高い丘になっており、南斜面地は笹が生い茂っていましたが、昭和42年、世田谷区議会議員に当選した55名の方々により、55本の梅の記念植樹が行われました。 その後、昭和46年の東京都100周年記念や、翌昭和47年の世田谷区制40周年などの記念植樹を経て、現在は紅梅270本、白梅380本の650本を数える都内でも屈指の観梅の名所となりました。

羽根木公園の植樹の歴史

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位置 年月 内容
1967 区議会議員選出記念植樹 当時の区議会議員の方々が議員選出記念として、全員で55本の梅を植樹されました。
1971 東京100周年記念植樹 1871年の新東京府設置からの100周年を記念して、230本の梅が植樹されました。
1972 区政40周年記念植樹 1932年の世田谷区成立誕生からの40周年を記念して100本の梅が植樹されました。
1978 第1回せたがや梅まつり開催 当時、北沢法人会の会長を務められていた小野欽司氏を中心として、警察や消防など各協力団体の共催による盛大な祭典を企画しよう、という構想のもと開催されました。
1988 カナダ・ウィニペグ市 表敬訪問記念植樹 区の姉妹都市であるカナダ・ウィニペグ市からの表敬訪問を記念して植樹された「豊後」。当時の植樹は歴史あるカナダ・ロイヤル・ウィニペグバレエ団のプリマバレリーナのイブリン・ハートさんによって行われました。
1992 せたがや梅まつり15周年記念植樹 まつりの15周年を記念して、梅の研究家の増井義昭氏から寄贈された「中国野梅」。
1992 オーストラリア・バンバリー市との姉妹都市提携記念植樹 この年に調印された世田谷区とオーストラリア・バンバリー市との姉妹都市提携を記念して植樹されました。
1995 大宰府からの「飛梅」の寄贈 菅原道真にまつわる梅の伝説に登場する「飛梅」の分身として大宰府天満宮より寄贈された、「寒紅」、「白加賀」の一対。せたがや梅まつり25周年記念として2002年に石碑も設置されました。
1997 せたがや梅まつり20周年記念植樹 鹿児島紅、白加賀
2003 区政70周年記念植樹 区政70周年を記念して植樹された「藤牡丹」 。
2007 せたがや梅まつり30周年記念植樹 くれはしだれ、緑がくしだれ
2010 (公社)北沢法人会社団化35周年記念寄贈植樹 せたがや梅まつり開催のきっかけともなった(公社)北沢法人会の社団化35周年を記念して寄贈された「大盃」。
2012 せたがや梅まつり35周年記念植樹 寒紅梅、紅千鳥、鹿児島紅
2014 齋田実行委員長による蝋梅の寄贈植樹 梅まつり期間中の早い時期からまつりを楽しめるように、と、まつり実行委員長の齋田氏から早咲きの「蝋梅」を寄贈いただきました。
2016 せたがや梅まつり40周年記念植樹 藤牡丹